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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)129号 判決 1965年12月16日

原告 佐藤五郎

被告 特許庁長官

主文

昭和三十六年抗告審判第八八〇号事件について、特許庁が昭和三十七年六月二十五日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告請求原因

(特許庁における手続経過)

一  原告は、昭和三十三年四月十五日、「有翼潜水艦船」という名称の発明について特許を出願し(同年特許願第一〇三七八号)、昭和三十六年二月十三日拒絶査定があつたので、同年四月七日抗告審判を請求したが(同年抗告審判第八八〇号)、原告の主張は容れられず昭和三十七年六月二十五日その請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書の謄本は同年七月十八日原告に送達された。

(発明の要旨)

二 本願発明の要旨は、その出願当初の明細書および図書ならびにその後昭和三十三年六月十七日および昭和三十五年九月二十二日に提出した訂正書の各記載から明らかなように、その特許請求の範囲に記載された通り、

「(1) 総排水量の十五パーセント以下の浮力タンクを有し、形格を流線型とした有翼潜水艦において、

(2) 艦船の前部に前翼を、また後部に水平尾翼および垂直尾翼を備えるとともに、

(3) 運転台に操縦ハンドルと前翼杆を集中的に設け、操縦ハンドルの回動によつて垂直尾翼を、操縦ハンドルの前後傾動によつて水平尾翼を、前翼杆の押圧によつて前翼をそれぞれ管制操作することにより各翼を制御し、艦船の運動を司さどらせる。

ことを特徴とする有翼潜水艦船」

にある。

(審決の内容)

三 これに対して、審決は次の通り説示する。

『原審の拒絶理由に引用された実公昭三二―一一八六五号公報(以下第一引用例という。)および特許第一九〇五〇号明細書(以下第二引用例という。)には、それぞれ、「総排水量の十五パーセント以下の浮力タンクを有し、形格を流線型とし、前部に前翼を、後部に水平尾翼および垂直尾翼を備えた有翼潜水艦」および「管制装置を備えた操縦室において運転制御のできる潜水船」についての説明が記載されている。

そこで、本願の発明の要旨について審理するに、

上記(1)および(2)の点については第一引用例のものと同一であるから発明は認められない。

上記(3)の点については第二引用例のようなものや従来周知の航空機の操縦装置(必要ならば特許第一五一一七五号明細書参照)からきわめて容易に推考できる程度のものと認められるので、発明を認められない。

以上の通り、本願の発明は、上記各点に発明を認められないから、結局原審における両引用例記載のものから必要に応じて当業者の容易に推考できるものと認め、原査定通り、旧特許法第一条の発明を構成したものと認められない。』

というのである。

(取消事由)

四 しかしながら、本件審決は次の通り判断を誤つた違法なものであるから、取消されるべきである。

(前翼)

(一)  本件審決の挙げる第一引用例には本願発明にいう「前翼」を備えていない。

第一引用例は有翼潜水艦船に関するものであるが、これに記載されているところは、前部に前翼を備えたものではなく、主翼を潜水艦船の重心部付近に設けたものであつて、これによつて、主翼に発生する浮揚力または沈降力は潜水艦船の重心付近に作用するから、艦体を傾斜させることなく浮揚または沈降させることができるものである。

これに対し、本願発明の「前翼」は潜水艦船の浮心重心の位置よりも前方に設けてあるので(このことは出願当初の明細書の記載、ことにその第五頁第十四行に「水中の速度変化によるトリムの調整等を司る。」とあるところからも明確である。)、前翼に発生する浮揚力あるいは沈降力は潜水艦船の頭下げあるいは頭上げの運動をひき起すものである。

第一引用例のものにあつては、水中翼あるいは取付翼に浮揚力または沈降力を発生させるとその浮揚力等は潜水艦船の重心付近に付与されるため艦船の姿勢を変えることなく浮揚または沈降するが、本願発明においては前翼にのみ浮揚力または沈降力を発生させると潜水艦船の姿勢は上向きまたは下向きとなる。

一般に、潜水艦船の場合は、艦船の重量は艦船の航行運動に関してほとんど頭におく必要はない。すなわち、潜水艦船は水中にあるときその全重量が潜水艦船の排水量と同一になつている。換言すれば潜水艦の船殻内の全重量は、潜水艦の外形と同体積の水の重量と等しい。すなわち、潜水艦の全体の比重は外水の比重と等しくされている。

したがつて、有翼潜水艦船においては、「水中翼」に発生した上向きまたは下向きの力は直接潜水艦船の姿勢を上向きまたは下向きに変換させ、あるいは潜水艦船の浮上力または沈降力として作用するのである。

すなわち、水中翼は、その翼自体により、あるいは翼に設けたフラツプ(可動片)の作動によつて、水中翼に、航行速度による海水との相対速度に基く浮揚力あるいは沈降力を生じさせ、この力によつて潜水艦船を浮揚あるいは沈降させるものであるから、その水中翼を潜水艦船の重心および浮心に対してどのような関係位置に設けるかはきわめて重大な要素である。

本願発明は、その明細書および図面によつて明らかなように、潜水艦船の前部に前翼を設けることによつて、潜水艦船の姿勢の調整復元をはかる安定の作用、メーンタンク(浮力タンク)による重量調整によらない積極的な浮沈作用および水中の速度変化によるトリム調整とをつかさどる作用をするものである。

本願発明の「前翼」はこのような水中翼をエルロン作用をも奏するよう、可動式のものとするとともに、潜水艦船の重心および浮心の位置より遙かに前方である頭部附近に備えたものである。

第一引用例のものは艦全体の浮沈が出来、また安定度は高いが頭上げ頭下げの効果は少ない。これに対し本願発明のものは前翼と尾翼との協同作動により艦船全体の浮沈も出来るが、頭上げ頭下げの運動をきわめて迅速に行うことが出来、上下方向の変換が非常によくなる。

このように第一引用例と本願発明とは、その翼の目的と性質がまつたく異なつているとともに、運動体としても異つたものとなつているのである。

(管制装置を備えた操縦室)

(二) 本件審決においては、第二引用例には「管制装置を備えた操縦室において運転制御のできる潜水船」が記載されている旨認定しているが、その認定するところは字句のうえからは誤りとはいえないが、第二引用例全般に記載された技術思想からはかなり遊離し、きわめて広範なもののように表現している。

しかし、本願発明はいわゆるワンマンコントロールの潜水艦船について特許を受けようとしているものではなく、特許請求の範囲に記載した具体的技術思想について特許を受けようとしているのである。

すなわち、第二引用例において船の運動を司どる舵としては潜舵および摺動操舵板の二種類のみであつて、前者は司令室内の開閉器によつて、後者は司令室内の操舵車の回動によつて操作されるが、そのほか司令室内で管制操作されるものは推進器軸のクラツチ、魚雷発射装置および外水の導入装置などであつて、本願発明にはまつたく無関係のものである。

このように潜舵を作動させる開閉器と摺動操舵板を操作させる操舵車とが独立しているのが第二引用例であるのに対し、本願発明においては、操縦ハンドルの回動が垂直尾翼を、同じハンドルの前後傾動が水平尾翼を、そして前翼杆の押圧が前翼を、それぞれ操作するという具体的な技術思想を示しているのである。

このように運転台に操縦ハンドルと前翼杆を集中的に設けたことによつて、本願発明の有翼潜水艦船の操縦はハンドルと足でただ一人であらゆる運動が浮力タンク操作をすることなくきわめて簡単にできるのみならず、操縦にあたつても操縦ハンドルの回動あるいは前後傾動の何れの操作に当つても操縦ハンドルを握りなおす必要なく、また同時にこの両操作を行うこともできるので、垂直尾翼および水平尾翼の作動により、潜水艦船の鋭敏な傾斜および方向転換を単一の操縦ハンドルの操作で行いうるほか、前翼杆を足で押圧することによつて前翼を作動させることができるので、一人の操縦者が全身の神経を集中することによつて有翼潜水艦船を意のままに操縦でき、さらに操縦にあたつて手足は操縦ハンドルおよび前翼杆を握りまたは押し当てたままでいられ、従来の潜水艦船におけるように、それぞれの舵の操舵輪ないしスイツチを操舵のたびに回動操作するのでないから、操作はきわめて簡単かつ鋭敏であり、正確安全な運転をすることができる。それを審決はその引用の第二引用例から極めて容易に推考できるとするのであつて、これは機械技術上全く無法な判断といわなければならない。

(飛行機における操縦装置)

(三) 本件審決においては、飛行機の操縦管制装置を周知技術として援用し、その一例として特許第一五一一七五号明細書(以下第三引用例という。)を挙げているが、潜水艦船の操縦管制と飛行機の操縦管制とはまつたく異なるものであるから、飛行機の操縦管制装置をそのまま潜水艦に応用することは理論的に不可能である。

潜水艦船は潜水中はその艦船の重量を艦船の体積に相当する水の重量と等しくし、すなわち比重を水と同じくして浮力零として航行することを原則とする。したがつて、従来の潜水艦船はその深度に応じてメーンタンクに水を入れ深度を調節しようとするものであり、潜舵は潜水艦船が頭を下げあるいは頭を上げて沈降あるいは浮上を少しでも早めようとするにすぎない。

換言すれば、潜水艦船は潜水深度を定めるためにはメーンタンクの水量調節を行うことによつて行い、そのことによつて潜水艦船はその深度に自由停止ができ、また潜水艦船の潜舵は潜水艦船の重量を支えるものではなく、姿勢を変えるためのものなのである。

これに対し一般飛行機は、その飛行速度に応じた空気と主翼との相対速度によつて主翼に発生する揚力によつて飛行機の重量を支え、空気中にその高度を維持するものであつて、主翼に変化を生じさせない状態において飛行速度を遅くすれば、主翼と外気との相対速度が減じ、主翼に発生する揚力が減つて飛行機は降下するし、反対に、飛行速度を早くすれば右の相対速度は増し、右揚力も増し、飛行機は上昇を続ける。

そして主翼に枢着された補助翼は主翼に発生する揚力を増減したり、左右の翼で異なるようにして飛行機の横揺を制御し、水平尾翼に設けた昇降舵は飛行機の頭上げあるいは頭下げのモーメントを生じさせる縦揺を制御するものであり、垂直尾翼に設けた方向舵は飛行機の尾部を左右に振る方向制御を行うものである。

このように一般飛行機は、その自重を主翼に発生する揚力で空中に支えて飛行するものであるから空中停止は不可能であり、補助翼および昇降舵の操作は、これによつて主翼の迎え角を変え主翼に発生する揚力の増減を行わせ飛行機の運動をつかさどらせようとするものであり、飛行機において主翼に揚力零あるいはマイナスの状態を作り出すことは不可能である。

以上比較したところから明らかなように、従来の潜水艦船はその沈降浮揚を艦船自体の比重を調節することによつて行い、翼のような作用をするものは必要はないのに対し、飛行機は飛行することによつてその自重を空気中に支え、主翼に発生する揚力の増減によつて高度の変化を行わせるものである。

のみならず、飛行機における管制操縦装置の機構が本願発明のそれと似ているとしても、なお、次のように、その直接の目的と作用はまつたく異なつている。

(1)  第三引用例に示されている手輪(12)は横揺れ制御を行うものであつて、飛行機の主翼に設けた補助翼をたがいに反対方向に(上と下に)回動させ、左右の主翼に発生する揚力を異なるようにし、機体を左右に傾動させようとするものであるのに対し、本願発明の操縦ハンドルの回動は垂直尾翼を制御して潜水艦船の進行方向を変えようとするものである。

(2)  第三引用例の制御杆(2)の前後傾動は縦揺れ制御を行うものであつて、左右の水平尾翼に設けた昇降舵を同時に上または下に回動させ飛行機の機体の頭下げまたは頭上げを行わせようとするものであるのに対し、本願発明の操縦ハンドルの前後傾動は水平尾翼の同方向または反対方向の回動をつかさどるものである。

(3)  第三引用例の踏板(27)の押圧は垂直尾翼に設けた方向舵を右または左に曲げ飛行機の進行方向を変えようとするものであるのに対し、本願発明の前翼杆の押圧は前翼を左右同方向または異方向に曲げようとするものである。

第三被告の答弁

一  原告請求原因第一から第三項記載の事実は争わないが、その余の主張は争う。

二  原告の主張に対応する被告の主張は次の通りである。

(一)  第一引用例には、総排水量の十五パーセント以下の浮力タンクを有し、形格を流線型とし、前部に前翼を、後部に水平尾翼および垂直尾翼を備えた有翼潜水艦について記載されている以上、この点は公知技術であつて、発明を認められない。

すなわち、第一引用例の水中主翼は、後部の水平尾翼および垂直尾翼に対して艦体の前部にあり、かつ、水平舵を有し、艦体の運転制御装置として使用するものであり、さらに本願明細書添付図面第二十図に示す翼(88)の可動翼(89)は、第一引用例の水中主翼(2)の水平舵(3)と同一であるから、この両者は同等のものと認められる。

(二)  すでに本件審決において明らかにしたように、第二引用例には「管制装置を備えた操縦室において運転制御のできる潜水船」について記載されている以上、この点は公知技術であつて、本願発明の運転台において、各翼を管制操作する点には発明は認められない。

すなわち、この点に関する本願発明の具体的構成は「運転台に操縦ハンドルと前翼杆を集中的に設け、操縦ハンドルの回動によつて垂直尾翼を、同ハンドルの前後傾動によつて水平尾翼を、前翼杆の押圧によつて前翼をそれぞれ管制操作すること」にあつて、これは第二引用例に示された「操縦室に、舵装置を操作する開閉器、操舵車などを集中的に設け、舵装置である翅や操舵板を管制操作すること」と比較し、設計上の相違は認められるが、この設計上の相違は、飛行機における「操縦室に操縦ハンドル、足踏杆を集中的に設け、操縦ハンドル、足踏杆の操作により方向舵翼、昇降舵翼を管制操作すること」とまつたく同一であつて、このような設計上の相違には発明を認めるわけにはいかない。

(三)  本件審決に飛行機の例を挙げたのは、本件発明の潜水艦船の操縦管制が飛行機の操縦装置にあまりにも酷似しているからであり、本願発明の潜水艦船の操縦管制は飛行機の操縦装置をそのまま真似すれば容易に考案できる程度のものである。

そして飛行機を操縦するのに、操縦ハンドルを回動したり、傾動したり、あるいは足踏杆を操作することは、とくに立証するまでもなく、一般人の常識であるから、このような点に発明を認めることは出来ないのである。

第四証拠関係<省略>

理由

一  原告請求原因第一から第三項に記載の、特許庁における手続経過、本願発明の要旨および本件審決の内容に関する事実は被告も争わないところである。

二  そこで本件審決に示された判断の当否について検討する。

(一)  まず本件審決の挙げた第一引用例についてみるに、原告は本件審決が第一引用例に「前部に前翼を有する潜水艦」の記載があるとした点を争うところ、その成立に争のない乙第一号証の記載によれば、第一引用例とされた昭和三十二年実用新案出願公告第一一八六五号は昭和三十二年九月二十六日に出願公告されたもので、その公報には、潜水艦の本体(1)に主翼(2)を設け、その主翼の一部に水平舵(3)を備え、艦船の尾部に方向舵を有する垂直安定板(4)および昇降舵を有する水平安定板(5)を設けた有翼潜水艦が記載され、そしてこの有翼潜水艦は、主翼の水平舵の操作により艦の浮揚沈降の浮沈舵力を艦の重心付近に付与するので、急速な浮揚沈降運動が可能であり、また、尾翼の水平昇降舵によつて艦の上下運動をする際、主翼によつて重心付近を支持しているので大きな安定性を付与できるのみならず、通常潜航または浮揚時に要する主浮力タンクの注排水の操作をまつたく省略でき、艦を無浮力の状態にし単に主翼の揚力のみによつて水上航行することができるので、潜航全没に要する秒時を著しく短縮でき、また、主浮力タンクを約十五パーセント以下に縮少し、かつこれに伴い艦の横断面を円形に近似させることができ、これによつて艦の型格を水中航行に適した極度の流線型にすることができるとともに、その主翼および尾翼の操作により航空機の操縦の如く敏感かつ確実な操舵性能を有する運動性と著しい安定性とを付与するものであると記載されていることが認められる。

そして右の記載からすれば、第一引用例のものは、その主翼を艦船の重心付近に設けたものであると認めるのが相当である。

この点について被告は、第一引用例の水中翼が、後部の水平尾翼および垂直尾翼に対して艦体の前部にある旨を主張するところ、その主張自体はまさしくその通りであろうが、そのことから直ちに「前部に前翼」を設けることの記載があるということはできないのであつて、問題は、本願発明において「前部に前翼」を設けるとしたことの実質的意味がどこにあるかの点にあるといわなければならない。

(二)  そこで本願発明において「前部に前翼」を設けるとしたことの意味についてみるに、一般に艦船の「前部」というときには、その字句自体からいえば、艦船の中央部より前方の部分を指すものということができ、そして艦船の重心付近の部分が、ほぼ艦船の中央部分に位置するものであることは明らかである。

のみならず、その成立に争のない甲第一、二号証および同第五号証の各記載によれば、本願発明における前翼は潜水艦船の前後安定およびトリム調整等をつかさどるものであり、これによつて明細書添付図面第四から第十図の通りの操作をすることができるもので、これらの作用効果を奏するためには、前翼が艦船の重心付近の部分よりも前方に備えられているものであることを要すると解すべきであるから、本願発明の特許請求の範囲で「艦船の前部に前翼を備える」とあるのは「艦船の重心付近の部分より前方に前翼を備える」趣旨のものと解するのが相当である。

すなわち、これを本願発明の作用効果の点からみると、さきの各証拠の記載によれば、本願発明の作用効果として「浮力タンクを総排水量の十五パーセント以下とし、形格を流線型として水中航行に適するようにし、前翼により艦船の安定と浮沈作用をつかさどり、場合によつてはその傾斜をも補正し、さらに有翼潜水艦船の操縦はハンドルと足でただ一人で明細書添付図面第五図から第十図に説明したような運動が浮力タンクを要しないできわめて簡単にできる」ことを挙げており、この記載からすれば、本願発明においては第一引用例において示された水中翼の特性とするところを生かし、これによつて艦船の安定と浮沈作用を行わせるとともに、第一引用例においては艦船の安定性に重点をおいたため、運動性に欠くるところがあつたものを、本額発明においては、この水中翼を艦船の重心位置よりも前方に設けるとともに、その操縦をハンドルと足でただ一人で簡単に行いうるようにする構成と相俟つて、さらに運動性を付与することを可能ならしめたものということができる。

すなわち、前記各証拠の記載によれば、本願発明の作用効果として明細書に記載されるところには、「操縦にあたり垂直尾翼および水平尾翼の操作は操作ハンドルを回動するかあるいは前後傾動するかでそれぞれ独自に行われ、かつ、そのいずれの操作をするにも操縦ハンドルを握り直す必要なく、そのうえ、操縦ハンドルを回動すると同時に前後に傾動させるときは、艦船の後部にある垂直尾翼および水平尾翼を同時に操作することができるので、潜水艦船の鋭敏な傾斜および方向転換を単一の操縦ハンドルで操作できるほか、艦船の前部に備えた前翼は、前翼杆を足で押圧することによつて作動させることができるので一人の操縦者の全身の神経を集中させることによつて有翼潜水艦船を意のままに操縦でき、さらに操縦にあたつても手足は、操縦ハンドルを握り、前翼杆に押し当てたままでいられ、従来の潜水艦船におけるように、それぞれの舵の操舵輪あるいはスイツチを操蛇のたびに回動操作するということもないので、操作はきわめて簡単かつ鋭敏であり、正確安全な運転をすることができる。」ことが挙げられていることが認められ、これらの構成と相俟ち、本願発明の明細書添付図面第五図から第十図に示されるような、水平航行、水平上昇航行、水平下降航行、急速上昇航行および急速下降航行の各操縦操作をすることができるものと認められる。

以上の認定したところから明らかなように、本願発明において「前部に前翼」を設けることは、第一引用例によつては達することのできない作用効果を得させることを可能ならしめたものであるから、ここにいう「前部」とは、被告の主張するような、後部にある尾翼に対する前部を指すものではないものといわなければならない。

(三)  以上のように、本願発明の「前翼」は第一引用例の「水中主翼」とはその存在位置を異にし、その有する特性のみならず、これによつては得られない作用効果をも得させるものである以上、たとえ本願のものと第一引用例のものとがともに、総排水量の十五%以下の浮力タンクを有し、形格を流線型とした有翼潜水艦に関するものであり、また後部に水平尾翼及び垂直尾翼を供えた点において相一致するものがあるにしても、その前翼(引用例のものにあつては主翼)にあつては右のような顕著な差異があることは明らかであつて、これを審決のいうような同一のものと見ることのできないことはもとより、また本願のものが引用例のものより当業者が必要に応じ容易に推考実施し得る程度のものともこれを認め難い。

三  そしてまた審決が本願発明のものにおける原告主張の要旨(3)の点についての引用例とする第二、第三の引用例が、右前翼に関する部分の公知例となり得ないことはいうをまたないところであるから、前記の第一引用例のものに第二、第三の引用例を加えるとしても、本願発明がこれらのものから当業者が必要に応じ容易に推考できるものと認め得ないことは明らかである。

そうとすれば右各引例を引用して本願発明をもつて旧特許法第一条の発明を構成しないものとした本件審決は、以上に判断した部分以外の争点について判断するまでもなく、失当であつて取消を免れないものといわなければならない。

よつて、原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 多田貞治 田倉整)

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